松浦正朗先生を偲んで

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松浦正朗先生を偲んで

コラム

2025/10/01 松浦正朗先生を偲んで

 私は1999年に福岡歯科大学を卒業しました。

卒業時には大学医局に残ってある程度研鑽を積むのか、それとも開業医に就職して技術を身に付ける方がいいのか非常に悩んでいました。特にインプラントに興味があった私にとって、当時積極的に取り組んでいる大学はなかったため、インプラントで著名な先生の医院で勤務したいと思っていました。

 

 そんな大学6年生のある時、新しく赴任してこられた教授の講義を聴いて衝撃を受けました。実は新しく口腔インプラント科ができることが既に決まっていて、その教授が1998年10月に着任、6年生への講義が新たにはじまったのです。本当に幸運だったと思います。また1999年は歯科医師卒後臨床研修医制度が始まった年です、開設されたばかりの医局に研修医で所属することができるのかも分からず、すぐに教授に会いに行きましたが、誰もいない医局で秘書の方から、教授は東京に帰って当分こちらには来ないことを告げられ、心配になりしばらく悶々と過ごしていました。。

 

 私の恩師松浦正朗教授は日本初の口腔インプラント科教授です。私の訪問時には秘書さんしかいませんでしたが、4月から4人の医局員と研修医の私で、診療科としてスタートしました。その後大学は大講座制となり、歯科補綴学講座の一分野として、研究や教育も本格的にはじまりました。特に学生のインプラント体埋入模型実習は、当時多くの国内外の大学から見学に来ていました。松浦教授の専門は口腔外科でしたから、外科について様々なことを学びました。卒後すぐに技術を身に付けたくて、当時付き合っていた家内の親知らずの抜歯を指導して頂きましたが、結局抜くことができずいまだにそのことを愚痴られています。
また松浦教授はいつもニコニコしてよく冗談を言っていましたが、滑舌が悪くよく分からないことも多々ありました。医局員が愛想笑いをしていることもありましたが、よく分からないタイミングで突然スイッチが入って「笑ってる場合じゃないんだよ!」と怒られたことも少なくありません。ご自宅で食事会を開催するのがお好きで、毎年大濠公園の花火大会の時には家族も呼んで頂き、また著名な先生や海外の先生とも教授の自宅でいろんな話をさせて頂けました。

私は卒後数年で大学はやめるつもりでしたが、いろいろ考えた末卒後研修後大学院にすすみました。当時はどの医局でも正規雇用されるのは難しくなっていましたが、卒後運よく大学院卒後助手という3年の期限付きポジションで医局に残ることができました。さすがに任期後は辞めるしかないと思っていましたが、松浦教授から大学に口腔顔面美容医療センターを新たに設立し、松浦先生が教授を兼任する構想があるから、そこの初代主任講師としてやってくれと言われ、美容外科の医師と一緒に骨増生や組織増生に取り組み、インプラントや審美歯科治療に従事することができました。

研修医が終わる頃、学会発表をしてみろとテーマを与えてもらったことがあります。数年後松浦教授はそのテーマで論文を書いていて、投稿するように指示されていたのですが、私はそれを英文にして海外の雑誌に投稿したいと申し出ました。結局その論文はそのまま投稿できずに機会を失わせてしまい、とても心残りになっています。
松浦教授は様々な機会にいつも「長島くんが最初に来てくれたんだよ」とお話して下さっていましたが、本当にありがたかったです。

 

 先日松浦教授がお亡くなりになりました。亡くなる2日前には福岡口腔インプラント研究会で講義をされていたので、突然のことに、残念でやりきれない思いです。恩師のご遺徳を偲び、深く哀悼の意を表します。

 
医局開設時
 

 

 

 

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